百人一首の和歌を現代訳にして、大体の意味や内容などを紹介しています。
百首のすべてを一覧にするとかなり長くなってしまうので、ここでは和歌番号76~100のものを紹介しています。
初めにある青い数字が百人一首の和歌番号で、その後にあるのは作者の名前です。
番号を選択すると、各ページが表示されますが、ここに掲載している以外の和歌は、下の和歌番号から調べてみてください。
現代訳は意味を分かりやすくする為に、原文の趣などを残したまま、ある程度の意訳をして紹介しています。
また、参考の為に、原文の下の括弧内には原文の読みも載せています。
あと、一覧にしている現代訳を読むと大体の意味や感じなどはつかめると思いますが、各詳細ページでは、作者の紹介や、それぞれの和歌が詠まれた背景なども写真と一緒に紹介しているので、そちらの方も参考にしてもらえれば、より深い意味なども理解してもらえるかと思います。
わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波
(わたのはら こぎいでてみれば ひさかたの くもゐにまがふ おきつしらなみ) |
大海原に船を漕ぎ出してみると、遠くの方では、雲と見わけがつかないような白波が立っているのが見える。(まことにおもしろい眺めではないか) |
瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ
(せをはやみ いはにせかるる たきがはの われてもすゑに あはむとぞおもふ) |
川の流れが早いので、岩にせき止められた急流が時にはふたつに分かれても、またひとつになるように、わたし達の間も、(今はたとえ人にせき止められていようとも)後にはきっと結ばれるものと思っています。 |
淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に 幾夜寝覚めぬ 須磨の関守
(あはぢしま かよふちどりの なくこゑに いくよれざめぬ すまのせきもり) |
淡路島から通ってくる千鳥の鳴き声に、幾晩目を覚ましたことであろうか、この須磨の関の関守は…。 |
秋風に たなびく雲の 絶え間より もれ出づる月の 影のさやけさ
(あきかぜに たなびくくもの たえまより もれいづるつきの かげのさやけさ) |
秋風に吹かれてたなびいている雲の切れ間から、もれでてくる月の光は、なんと清らかで澄みきっていることであろう。 |
長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は 物をこそ思へ
(ながからむ こころもしらず くろかみの みだれてけさは ものをこそおもへ) |
あなたの心は末永くまで決して変わらないかどうか、わたしの黒髪が乱れているように、わたしの心も乱れて、今朝は物思いに沈んでおります。 |
ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の 月ぞ残れ
(ほととぎす なきつるかたを ながむれば ただありあけの つきぞのこれる) |
ほととぎすの鳴き声が聞こえたので、その方に目をやってみたが、(その姿はもう見えず) 空には有明の月が残っているばかりであった。 |
思ひわび さても命は あるものを 憂きに堪へぬは 涙なりけり
(おもひわび さてもいのちは あるものを うきにたへぬは なみだなりけり) |
つれない人のことを思い、これほど悩み苦しんでいても、命だけはどうにかあるものの、この辛さに耐えかねるのは (次から次へと流れる) 涙であることだ。 |
世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる
(よのなかよ みちこそなけれ おもひいる やまのおくにも しかぞなくなる) |
世の中というものは逃れる道がないものだ。(この山奥に逃れてきたものの) この山奥でも、(辛いことがあったのか) 鹿が鳴いているではないか。 |
長らへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき
(ながらへば またこのごろや しのばれむ うしとみしよぞ いまはこひしき) |
この先生きながらえるならば、今のつらいことなども懐かしく思い出されるのだろうか。昔は辛いと思っていたことが、今では懐かしく思い出されるのだから。 |
夜もすがら 物思ふころは 明けやらで 閨のひまさへ つれなかりけり
(よもすがら ものおもふころは あけやらで ねやのひまさへ つれなかりけり) |
一晩中恋しい人を思って悩んでいるので、早く夜が明けたらよいと思っているのですが、なかなか夜は明けず、寝室の隙間さえもわたしにつれなく感じられます。 |
嘆けとて 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな
(なげけとて つきやはものを おもはする かこちがほなる わがなみだかな) |
嘆き悲しめと月はわたしに物思いをさせるのだろうか。 いや、そうではあるまい。本当は恋の悩みの所為なのに、まるで月の仕業であるかのように流れるわたしの涙ではないか。 |
村雨の 露もまだひぬ 槇の葉に 霧たちのぼる 秋の夕ぐれ
(むらさめの つゆもまだひぬ まきのはに きりたちのぼる あきのゆふぐれ) |
あわただしく通り過ぎたにわか雨が残した露もまだ乾ききらないのに、槇の葉にはもう霧が立ちのぼっていく秋の夕暮れである。(なんとももの寂しいことではないか) |
難波江の 蘆のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき
(なにはえの あしのかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや こひわたるべき) |
難波の入江に生えている、芦を刈った根のひと節ほどの短いひと夜でしたが、わたしはこれからこの身をつくして、あなたに恋しなければならないのでしょうか。 |
玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする
(たまのをよ たえなばたえね ながらへば しのぶることの よわりもぞする) |
わたしの命よ、絶えることなら早く絶えてほしい。このまま生きながらえていると、耐え忍んでいるわたしの心も弱くなってしまい、 秘めている思いが人に知られてしまうことになろうから。 |
見せばやな 雄島のあまの 袖だにも 濡れにぞ濡れし 色はかはらず
(みせばやな をじまのあまの そでだにも ぬれにぞぬれし いろはかはらず) |
(涙で色が変わってしまった) わたしの袖をあなたにお見せしたいものです。あの雄島の漁夫の袖でさえ、毎日波しぶきに濡れていても、少しも変わらないものなのに。 |
きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣片敷き ひとりかも寝む
(きりぎりす なくやしもよの さむしろに ころもかたしき ひとりかもねむ) |
こおろぎがしきりに鳴いている霜の降るこの寒い夜に、むしろの上に衣の片袖を敷いて、わたしはたったひとり寂しく寝るのだろうか。 |
わが袖は 潮干に見えぬ 沖の石の 人こそ知らね 乾く間もな
(わがそでは しほひにみえぬ おきのいしの ひとこそしらね かわくまもなし) |
わたしの袖は、潮が引いたときも水面に見えない沖にあるあの石のように、人は知らないでしょうが、(恋のために流す涙で) 乾くひまさえありません。 |
世の中は 常にもがもな 渚漕ぐ あまの小舟の 綱手かなしも
(よのなかは つねにもがもな なぎさこぐ あまのをぶねの つなでかなしも) |
この世の中はいつまでも変わらないでいてほしいものだ。渚にそって漕いでいる、漁師の小船をひき綱で引いている風情はいいものだからなぁ… |
み吉野の 山の秋風 小夜ふけて ふるさと寒く 衣うつなり
(みよしのの やまのあきかぜ さよふけて ふるさとさむく ころもうつなり) |
吉野の山の秋風に、夜もしだいに更けてきて、都があったこの里では、衣をうつ砧(きぬた)の音が寒々と身にしみてくることだ。 |
おほけなく うき世の民に おほふかな わがたつ杣に 墨染の袖
(おほけなく うきよのたみに おほふかな わがたつそまに すみぞめのそで) |
身のほど知らずと言われるかもしれないが、(この悲しみに満ちた) 世の中の人々の上に、墨染の袖を被いかけよう。 (比叡山に出家したわたしが平穏を願って) |
花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり
(はなさそふ あらしのにはの ゆきならで ふりゆくものは わがみなりけり) |
(降っているのは) 嵐が庭に散らしている花吹雪ではなくて、降っているのは、実は歳をとっていくわが身なのだなぁ。 |
来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ
(こぬひとを まつほのうらの ゆふなぎに やくやもしほの みもこがれつつ) |
どれほど待っても来ない人を待ち焦がれているのは、松帆の浦の夕凪のころに焼かれる藻塩のように、わが身も恋い焦がれて苦しいものだ。 |
風そよぐ ならの小川の 夕暮は みそぎぞ夏の しるしなりける
(かぜそよぐ ならのをがはの ゆふぐれは みそぎぞなつの しるしなりける) |
風がそよそよと楢(なら)の葉を吹きわたるこのならの小川の夕方は、(もうすっかりと秋のような気配だが) 川辺の禊祓(みそぎはらい)を見ると、まだ夏であるのだなぁ。 |
人もをし 人もうらめし あぢきなく 世を思ふゆゑに 物思ふ身は
(ひともをし ひともうらめし あぢきなく よをおもふゆゑに ものおもふみは) |
人が愛しくも思われ、また恨めしく思われたりするのは、(歎かわしいことではあるが) この世をつまらなく思う、もの思いをする自分にあるのだなぁ。 |
ももしきや 古き軒端の しのぶにも なほあまりある 昔なりけり
(ももしきや ふるきのきばの しのぶにも なほあまりある むかしなりけり) |
御所の古びた軒端のしのぶ草を見るにつけ、(朝廷の栄えた) 昔が懐かしく思われて、いくら偲んでも偲びきれないことだ。 |
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