小野小町
小倉百人一首 009 |
花の色は 移りにけりな いたづらに 我身世にふる ながめせしまに |
はなのいろは うつりにけりな いたづらに わがみよにふる ながめせしまに |
小野小町 |
読み はなのいろは うつりにけりな いたづらに わがみよにふる ながめせしまに 現代意訳 いつの間にか、花の色もすっかり色あせてしまいました。降る長雨をぼんやりと眺めいるうちに。(わたしの美しさも、その花の色のように、こんなにも褪せてしまいました) ※ いたずらに / 空しく 季節 春 出典 「古今集」 解説 小野小町(おののこまち・生没年不明) は平安時代のはじめ、文徳、清和天皇の頃の人で、女官として宮廷に仕えていたと伝えられています。 参議篁の孫であるとも、小野良貞の良人であるとも言われていますが、小野小町は和歌にもすぐれ、紀貫之が選んだ六歌仙や、藤原公任が選んだ三十六歌仙のひとりにも数えられていて、優れた歌人でもありました。 また、現代でも「小野小町」といえば美人の代名詞のように使われていますが、その美しさは着物を通して輝いていたと言われるほどで、小野小町には様々な伝説が伝えられているほか、謡曲や戯曲、歌舞伎などの題材にもなっています。 ところで、小野小町は在原業平(ありわらのなりひら)のことが好きでしたが、業平はそのことに気づきませんでした。 この和歌はそのことを嘆いて詠んだ和歌だと言われていますが、花を喩えに、恋心を巧みに表現しています。 また、「いたづらに」の句が上の句にかかるとすれば、「いつの間にか、花の色も変わってしまった」ととらえることができますが、下の句にかかると解釈すれば、「空しく過ごしているうちに」というようにも取ることができます。 「世にふるながめ」も、「世に降る長雨」とすれば「花」に掛かり、「世に経る眺め」となれば「我身」に掛かるので、このように、上の句と下の句を曖昧につなぐことで、和歌全体にいっそうの趣が加えられています。 |
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