大納言公任

小倉百人一首 055

滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ

たきのおとは たえてひさしく なりぬれど なこそながれて なほきこえけれ

大納言公任

読み

たきのおとは たえてひさしく なりぬれど なこそながれて なほきこえけれ

現代意訳

水の流れが絶えて滝音が聞こえなくなってから、もう長い月日が過ぎてしまったが、(見事な滝であったと) その名は今も伝えられ、よく世間にも知れ渡っていることだ。

※なりぬれど / 「ぬれ」は完了の「ぬ」の活用で、「ど」は逆接を示している
※流れて / 「(名前が)流布して。「滝」の縁語になる

季節

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出典

「拾遺集」

解説
大納言公任(だいなごんきんとう・慶保3年~長久2年 / 996~1041年) は関白 藤原頼忠の子ども、藤原公任のことです。
正二位大納言まで進み、学問芸術に優れ、和歌、漢詩、管絃の「三舟の才」を称えられました。
また、大納言公任自身も優れた歌人でしたが、三十六人の優れた歌人(三十六歌仙)を取り上げた「三十六人撰」を著したことでもよく知られている人で、百人一首の中でも、これらの歌人の多くが取りあげられています。

この和歌は、大納言公任が嵯峨天皇の離宮であった嵯峨大覚寺の滝殿で詠んだものだと伝えられていますが、昔日の見事な風景が感じられる和歌です。

「なり」、「名」、「流れ」、「なほ」など、響きが滑らかで、「滝」と「流れ」、「音」と「聞こえ」などの縁語も用いられた、巧みな表現がされています。

ところで、ある時、和歌、漢詩、管弦を得意とする人が、それぞれの舟に乗って遊ぶという事が行われました。
どれも優れている公任をどの舟に乗せるかということになり、悩んだ末、公任自身に「どの舟に乗りますか」と尋ねたと伝えられています。

この事から、和歌・漢詩・管弦のすべてに秀でていることを「三舟の才」と呼ぶようになりました。

また、公任は和歌の舟に乗り、優れた歌を詠みましたが、「漢詩の舟に乗れば、もっとよい詩がつくれたであろうに」と言ったとも伝えられています。

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