076 法性寺入道前関白太政大臣 |
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原文 |
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わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波
(わたのはら こぎいでてみれば ひさかたの くもゐにまがふ おきつしらなみ) |
現代訳 |
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大海原に船を漕ぎ出してみると、遠くの方では、雲と見わけがつかないような白波が立っているのが見える。(まことにおもしろい眺めではないか) |
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077 崇徳院 |
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原文 |
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瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ
(せをはやみ いはにせかるる たきがはの われてもすゑに あはむとぞおもふ) |
現代訳 |
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川の流れが早いので、岩にせき止められた急流が時にはふたつに分かれても、またひとつになるように、わたし達の間も、(今はたとえ人にせき止められていようとも)後にはきっと結ばれるものと思っています。 |
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078 源兼昌 |
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原文 |
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淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に 幾夜寝覚めぬ 須磨の関守
(あはぢしま かよふちどりの なくこゑに いくよれざめぬ すまのせきもり) |
現代訳 |
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淡路島から通ってくる千鳥の鳴き声に、幾晩目を覚ましたことであろうか、この須磨の関の関守は…。 |
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079 左京大夫顕輔 |
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原文 |
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秋風に たなびく雲の 絶え間より もれ出づる月の 影のさやけさ
(あきかぜに たなびくくもの たえまより もれいづるつきの かげのさやけさ) |
現代訳 |
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秋風に吹かれてたなびいている雲の切れ間から、もれでてくる月の光は、なんと清らかで澄みきっていることであろう。 |
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080 待賢門院堀河 |
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原文 |
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長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は 物をこそ思へ
(ながからむ こころもしらず くろかみの みだれてけさは ものをこそおもへ) |
現代訳 |
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あなたの心は末永くまで決して変わらないかどうか、わたしの黒髪が乱れているように、わたしの心も乱れて、今朝は物思いに沈んでおります。 |
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081 後徳大寺左大臣 |
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原文 |
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ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の 月ぞ残れ
(ほととぎす なきつるかたを ながむれば ただありあけの つきぞのこれる) |
現代訳 |
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ほととぎすの鳴き声が聞こえたので、その方に目をやってみたが、(その姿はもう見えず) 空には有明の月が残っているばかりであった。 |
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082 道因法師 |
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原文 |
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思ひわび さても命は あるものを 憂きに堪へぬは 涙なりけり
(おもひわび さてもいのちは あるものを うきにたへぬは なみだなりけり) |
現代訳 |
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つれない人のことを思い、これほど悩み苦しんでいても、命だけはどうにかあるものの、この辛さに耐えかねるのは (次から次へと流れる) 涙であることだ。 |
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083 皇太后宮大夫俊成 |
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原文 |
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世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる
(よのなかよ みちこそなけれ おもひいる やまのおくにも しかぞなくなる) |
現代訳 |
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世の中というものは逃れる道がないものだ。(この山奥に逃れてきたものの) この山奥でも、(辛いことがあったのか) 鹿が鳴いているではないか。 |
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084 藤原清輔朝臣 |
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原文 |
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長らへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき
(ながらへば またこのごろや しのばれむ うしとみしよぞ いまはこひしき) |
現代訳 |
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この先生きながらえるならば、今のつらいことなども懐かしく思い出されるのだろうか。昔は辛いと思っていたことが、今では懐かしく思い出されるのだから。 |
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085 俊恵法師 |
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原文 |
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夜もすがら 物思ふころは 明けやらで 閨のひまさへ つれなかりけり
(よもすがら ものおもふころは あけやらで ねやのひまさへ つれなかりけり) |
現代訳 |
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一晩中恋しい人を思って悩んでいるので、早く夜が明けたらよいと思っているのですが、なかなか夜は明けず、寝室の隙間さえもわたしにつれなく感じられます。 |
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086 西行法師 |
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原文 |
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嘆けとて 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな
(なげけとて つきやはものを おもはする かこちがほなる わがなみだかな) |
現代訳 |
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嘆き悲しめと月はわたしに物思いをさせるのだろうか。 いや、そうではあるまい。本当は恋の悩みの所為なのに、まるで月の仕業であるかのように流れるわたしの涙ではないか。 |
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087 寂蓮法師 |
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原文 |
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村雨の 露もまだひぬ 槇の葉に 霧たちのぼる 秋の夕ぐれ
(むらさめの つゆもまだひぬ まきのはに きりたちのぼる あきのゆふぐれ) |
現代訳 |
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あわただしく通り過ぎたにわか雨が残した露もまだ乾ききらないのに、槇の葉にはもう霧が立ちのぼっていく秋の夕暮れである。(なんとももの寂しいことではないか) |
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088 皇嘉門院別当 |
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原文 |
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難波江の 蘆のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき
(なにはえの あしのかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや こひわたるべき) |
現代訳 |
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難波の入江に生えている、芦を刈った根のひと節ほどの短いひと夜でしたが、わたしはこれからこの身をつくして、あなたに恋しなければならないのでしょうか。 |
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089 式子内親王 |
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原文 |
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玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする
(たまのをよ たえなばたえね ながらへば しのぶることの よわりもぞする) |
現代訳 |
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わたしの命よ、絶えることなら早く絶えてほしい。このまま生きながらえていると、耐え忍んでいるわたしの心も弱くなってしまい、 秘めている思いが人に知られてしまうことになろうから。 |
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090 殷富門院大輔 |
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原文 |
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見せばやな 雄島のあまの 袖だにも 濡れにぞ濡れし 色はかはらず
(みせばやな をじまのあまの そでだにも ぬれにぞぬれし いろはかはらず) |
現代訳 |
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(涙で色が変わってしまった) わたしの袖をあなたにお見せしたいものです。あの雄島の漁夫の袖でさえ、毎日波しぶきに濡れていても、少しも変わらないものなのに。 |
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091 後京極摂政前太政大臣 |
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原文 |
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きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣片敷き ひとりかも寝む
(きりぎりす なくやしもよの さむしろに ころもかたしき ひとりかもねむ) |
現代訳 |
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こおろぎがしきりに鳴いている霜の降るこの寒い夜に、むしろの上に衣の片袖を敷いて、わたしはたったひとり寂しく寝るのだろうか。 |
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092 二条院讃岐 |
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原文 |
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わが袖は 潮干に見えぬ 沖の石の 人こそ知らね 乾く間もな
(わがそでは しほひにみえぬ おきのいしの ひとこそしらね かわくまもなし) |
現代訳 |
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わたしの袖は、潮が引いたときも水面に見えない沖にあるあの石のように、人は知らないでしょうが、(恋のために流す涙で) 乾くひまさえありません。 |
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093 鎌倉右大臣 |
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原文 |
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世の中は 常にもがもな 渚漕ぐ あまの小舟の 綱手かなしも
(よのなかは つねにもがもな なぎさこぐ あまのをぶねの つなでかなしも) |
現代訳 |
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この世の中はいつまでも変わらないでいてほしいものだ。渚にそって漕いでいる、漁師の小船をひき綱で引いている風情はいいものだからなぁ… |
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094 参議雅経 |
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原文 |
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み吉野の 山の秋風 小夜ふけて ふるさと寒く 衣うつなり
(みよしのの やまのあきかぜ さよふけて ふるさとさむく ころもうつなり) |
現代訳 |
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吉野の山の秋風に、夜もしだいに更けてきて、都があったこの里では、衣をうつ砧(きぬた)の音が寒々と身にしみてくることだ。 |
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095 前大僧正慈円 |
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原文 |
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おほけなく うき世の民に おほふかな わがたつ杣に 墨染の袖
(おほけなく うきよのたみに おほふかな わがたつそまに すみぞめのそで) |
現代訳 |
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身のほど知らずと言われるかもしれないが、(この悲しみに満ちた) 世の中の人々の上に、墨染の袖を被いかけよう。 (比叡山に出家したわたしが平穏を願って) |
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096 入道前太政大臣 |
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原文 |
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花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり
(はなさそふ あらしのにはの ゆきならで ふりゆくものは わがみなりけり) |
現代訳 |
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(降っているのは) 嵐が庭に散らしている花吹雪ではなくて、降っているのは、実は歳をとっていくわが身なのだなぁ。 |
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097 権中納言定家 |
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原文 |
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来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ
(こぬひとを まつほのうらの ゆふなぎに やくやもしほの みもこがれつつ) |
現代訳 |
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どれほど待っても来ない人を待ち焦がれているのは、松帆の浦の夕凪のころに焼かれる藻塩のように、わが身も恋い焦がれて苦しいものだ。 |
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098 従二位家隆 |
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原文 |
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風そよぐ ならの小川の 夕暮は みそぎぞ夏の しるしなりける
(かぜそよぐ ならのをがはの ゆふぐれは みそぎぞなつの しるしなりける) |
現代訳 |
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風がそよそよと楢(なら)の葉を吹きわたるこの奈良(なら)の小川の夕方は、(もうすっかりと秋のような気配だが) 川辺の禊祓(みそぎはらい)を見ると、まだ夏であるのだなぁ。 |
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099 後鳥羽院 |
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原文 |
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人もをし 人もうらめし あぢきなく 世を思ふゆゑに 物思ふ身は
(ひともをし ひともうらめし あぢきなく よをおもふゆゑに ものおもふみは) |
現代訳 |
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人が愛しくも思われ、また恨めしく思われたりするのは、(歎かわしいことではあるが) この世をつまらなく思う、もの思いをする自分にあるのだなぁ。 |
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100 順徳院 |
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原文 |
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ももしきや 古き軒端の しのぶにも なほあまりある 昔なりけり
(ももしきや ふるきのきばの しのぶにも なほあまりある むかしなりけり) |
現代訳 |
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御所の古びた軒端のしのぶ草を見るにつけ、(朝廷の栄えた) 昔が懐かしく思われて、 いくら偲んでも偲びきれないことだ。 |