051 藤原実方朝臣 |
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原文 |
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かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしもしらじな 燃ゆる思ひを
(かくとだに えやはいぶきの さしもぐさ さしもしらじな もゆるおもひを) |
現代語訳 |
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これほどまで、あなたを思っているということさえ打ち明けることができずにいるのですから、ましてや伊吹山のさしも草が燃えるように、私の思いもこんなに激しく燃えているとは、あなたは知らないことでしょう。 |
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052 藤原道信朝臣 |
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原文 |
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明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほ恨めしき 朝ぼらけかな
(あけぬれば くるるものとは しりながら なほうらめしき あさぼらけかな) |
現代語訳 |
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夜が明ければ、やがてはまた日が暮れてあなたに会えるものだと分かってはいても、やはりあなたと別れる夜明けは、恨めしく思われるものです。 |
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053 右大将道綱母 |
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原文 |
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嘆きつつ ひとり寝る夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る
(なげきつつ ひとりぬるよの あくるまは いかにひさしき ものとかはしる) |
現代語訳 |
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(あなたが来てくださらないことを) 嘆き哀しみながらひとりで夜をすごす私にとって、夜が明けるのがどれほど長く感じられるものか、あなたはいったいご存じなのでしょうか。 |
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054 儀同三司母 |
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原文 |
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忘れじの 行末までは かたければ 今日を限りの 命ともがな
(わすれじの ゆくすゑまでは かたければ けふをかぎりの いのちともがな) |
現代語訳 |
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いつまでも忘れまいとすることは、遠い将来まではとても難しいものですから、(あなたの心変わりを見るよりも早く) いっそのこと、今日を最後に私の命が終わって欲しいものです。 |
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055 大納言公任 |
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原文 |
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滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞えけれ
(たきのおとは たえてひさしく なりぬれど なこそながれて なほきこえけれ) |
現代語訳 |
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水の流れが絶えて滝音が聞こえなくなってから、もう長い月日が過ぎてしまったが、(見事な滝であったと) その名は今も伝えられ、よく世間にも知れ渡っていることだ。 |
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056 和泉式部 |
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原文 |
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あらざらむ この世のほかの 思ひ出に いまひとたびの 逢ふこともがな
(あらざらむ このよのほかの おもひでに いまひとたびの あふこともがな) |
現代語訳 |
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私はもうすぐ死んでしまうことでしょうが、私のあの世への思い出になるように、せめてもう一度なりともあなたにお会いしたいのです。 |
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057 紫式部 |
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原文 |
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めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かな
(めぐりあひて みしやそれとも わかぬまに くもがくれにし よはのつきかな) |
現代語訳 |
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久しぶりにめぐり会ったのに、それがあなたかどうかも分からない間に帰ってしまうなど、まるで (早くも) 雲に 隠れてしまった夜中の月のようではありませんか。 |
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058 大弐三位 |
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原文 |
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有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする
(ありまやま ゐなのささはら かぜふけば いでそよひとを わすれやはする) |
現代語訳 |
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有馬山のふもとにある猪名の笹原に風が吹くと、笹の葉がそよそよと鳴りますが、そうです、その音のように、 どうしてあなたを忘れたりするも のでしょうか。 |
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059 赤染衛門 |
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原文 |
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やすらはで 寝なましものを 小夜更けて かたぶくまでの 月を見しかな
(やすらはで ねなましものを さよふけて かたぶくまでの つきをみしかな) |
現代語訳 |
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(あなたが来ないと知っていたら) さっさと寝てしまえばよかったものを、(あなたの約束を信じて待っていたら) とうとう明け方の月が西に傾くまで眺めてしまいました。 |
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060 小式部内侍 |
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原文 |
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大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天の橋立
(おほえやま いくののみちの とほければ まだふみもみず あまのはしだて) |
現代語訳 |
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(母のいる丹後の国へは) 大江山を越え、生野を通って行かなければならない遠い道なので、まだ天橋立へは行ったことがありません。 (ですから、そこに住む母からの手紙など、まだ見ようはずもありません) |
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061 伊勢大輔 |
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原文 |
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いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな
(いにしへの ならのみやこの やへざくら けふここのへに にほひぬるかな) |
現代語訳 |
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昔、奈良の都で咲き誇っていた八重桜が、今日はこの宮中で、いっそう美しく咲き誇っているではありませんか。 |
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062 清少納言 |
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原文 |
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夜をこめて 鳥の空音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ
(よをこめて とりのそらねは はかるとも よにあふさかの せきはゆるさじ) |
現代語訳 |
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夜の明けないうちに、鶏の鳴き声を真似て夜明けたとだまそうとしても、(あの中国の函谷関ならいざ知らず、あなたとわたしの間にある) この逢坂(おおさか)の関は、決して開くことはありません。 |
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063 左京大夫道雅 |
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原文 |
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今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで いふよしもがな
(いまはただ おもひたえなむ とばかりを ひとづてならで いふよしもがな) |
現代語訳 |
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今はもう、あなたのことはきっぱりと思い切ってしまおうと決めましたが、そのことだけを人づてでなく、直接 あなたに伝える方法があればいいのですが。 |
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064 権中納言定頼 |
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原文 |
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朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに あらはれわたる 瀬々の網代木
(あさぼらけ うぢのかはぎり たえだえに あらはれわたる せぜのあじろぎ) |
現代語訳 |
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ほのぼのと夜が明けるころ、宇治川に立ちこめた川霧が切れ切れに晴れてきて、瀬ごとに立っている網代木が次第にあらわれてくる景色は、何ともおもしろいものではないか。 |
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065 相模 |
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原文 |
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恨みわび ほさぬ袖だに あるものを 恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ
(うらみわび ほさぬそでだに あるものを こひにくちなむ なこそをしけれ) |
現代語訳 |
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あなたの冷たさを恨み、流す涙でかわくひまさえもない袖でさえ口惜いのに、こ の恋のために、(つまらぬ噂で) わたしの名が落ちてしまうのは、なんとも口惜しいことです。 |
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066 前大僧正行尊 |
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原文 |
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もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし
(もろともに あはれとおもへ やまざくら はなよりほかに しるひともなし) |
現代語訳 |
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私がおまえを愛しむように、おまえも私を愛しいと 思ってくれよ、山桜。 (こんな山奥では) おまえの他には私を知る人は誰もいないのだから。 |
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067 周防内侍 |
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原文 |
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春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなく立たむ 名こそをしけれ
(はるのよの ゆめばかりなる たまくらに かひなくたたむ なこそをしけれ) |
現代語訳 |
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春の夜のはかない夢のように、(僅かばかりの時間でも) あなたの腕を枕にしたりして、それでつまらない噂が立つことにでもなれば、それがまことに残念なのです。 |
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068 三条院 |
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原文 |
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心にも あらでうき世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな
(こころにも あらでうきよに ながらへば こひしかるべき よはのつきかな) |
現代語訳 |
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(もはやこの世に望みもないが) 心にもなく、このつらい浮世を生きながらえたなら、さぞかしこの宮中で見た夜の月が恋しく思 い出されることであろうなぁ。 |
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069 能因法師 |
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原文 |
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嵐吹く 三室の山の もみぢ葉は 竜田の川の 錦なりけり
(あらしふく みむろのやまの もみぢばは たつたのかはの にしきなりけり) |
現代語訳 |
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嵐が吹き散らした三室の山の紅葉の葉が、龍田川 に一面に散っているが、まるで錦の織物のように美しいではないか。 |
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070 良選法師 |
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原文 |
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さびしさに 宿を立ち出でて ながむれば いづくも同じ 秋の夕暮
(さびしさに やどをたちいでて ながむれば いづこもおなじ あきのゆふぐれ) |
現代語訳 |
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寂しくて家を出てあたりを眺めてはみたが、この秋の夕暮れの寂しさはどこも同じであるものだ。 |
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071 大納言経信 |
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原文 |
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夕されば 門田の稲葉 おとづれて 蘆のまろやに 秋風ぞ吹く
(ゆふされば かどたのいなば おとづれて あしのまろやに あきかぜぞふく) |
現代語訳 |
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夕方になると、家の前にある田の稲葉を音をたてて、 葦葺きのそまつな小屋に秋風が吹き訪れることよ。 |
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072 祐子内親王家紀伊 |
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原文 |
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音に聞く 高師の浜の あだ波は かけじや袖の ぬれもこそすれ
(おとにきく たかしのはまの あだなみは かけじやそでの ぬれもこそすれ) |
現代語訳 |
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評判の高い高師の浜の寄せてはかえす波で、 袖を濡らさないようにしましょう。
(移り気だと、噂の高いあなたに思いをかけて、わたしの袖を濡らさないように) |
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073 前権中納言匡房 |
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原文 |
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高砂の 尾上の桜 咲きにけり 外山の霞 立たずもあらなむ
(たかさごの をのへのさくら さきにけり とやまのかすみ たたずもあらなむ) |
現代語訳 |
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高砂の峰にも桜の花が咲いたようだから、(その桜を見たいので) 手前の山の霞よ、どうか立たないようにしてくれないか。 |
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074 源俊頼朝臣 |
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原文 |
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憂かりける 人を初瀬の 山おろしよ はげしかれとは 祈らぬものを
(うかりける ひとをはつせの やまおろしよ はげしかれとは いのらぬものを) |
現代語訳 |
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私に冷たかった人の心が変わるようにと、初瀬の観音さまにお祈りしたのだが、初瀬の山おろしよ、そのようにあの人の冷たさがいっそう激しくなれとは祈らなかったではないか… |
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075 藤原基俊 |
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原文 |
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契りおきし させもが露を 命にて あはれ今年の 秋もいぬめり
(ちぎりおきし させもがつゆを いのちにて あはれことしの あきもいぬめり) |
現代語訳 |
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あなたが約束してくださった、させも草についた恵みの露のような言葉を、命のように恃んでおりましたが、それもむなしく、今年の秋もすぎてしまうようです。 |