貞信公

小倉百人一首 026

小倉山 峰の紅葉ば 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ

をぐらやま みねのもみぢば こころあらば いまひとたびの みゆきまたなむ

貞信公

解説
 貞信公(ていしんこう・元慶4年~天暦3年 / 880~949年)は関白・藤原基経の四男、藤原忠平(ふじわらのただひら)の送号で、兄の時平、仲平とともに「三平」と呼ばれました。
 貞信公は朱雀天皇の即位によって摂政となり、その後太政大臣、関白をつとめた人物で、藤原氏が栄える土台をつくりました。
 兄・時平がはじめた律令の法典「延喜式」を完成させるなど、勤勉で、性格も温厚なので人望が高かったと伝えられています。

 709年の秋、忠平は宇多上皇のお供で小倉山に遊びに出かけましたが、この時、上皇が「我が子の醍醐にも見せてやりたいものだ」と言われたお言葉に対して、この和歌をつくったと伝えられています。


読み
をぐらやま みねのもみぢば こころあらば いまひとたびの みゆきまたなむ

季節
 秋

現代意訳

 小倉山の峰の美しい紅葉の葉よ、もしお前に哀れむ心があるならば、散るのを急がず、もう一度の行幸をお待ち申していてくれないか。

 ※小倉山 / 京都・嵯峨にある紅葉の名所。大井川をはさんで、嵐山と向かい合っている山
 ※みゆき / 「みゆき」は醍醐天皇の行幸。上皇の場合は「御幸」と書き、どちらも「みゆき」と読む
 ※待たなむ / 「なむ」は願望を表している

出典
 
「拾遺集」