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名にし負はば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな
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解説
三条右大臣(さんじょううだいじん・873?〜932)とは藤原定方のことで、醍醐天皇の時の延長二年(924年)に右大臣となりました。
屋敷が京都の三条にあったことから、三条右大臣とよばれました。
和歌や音曲にすぐれ、平安時代中期を代表する政治家でもありました。
三条右大臣には好きな女性がいましたが、関係が公になってしまい会えなくなったことから、この和歌が詠まれたといわれています。
読み
なにしおはば あふさかやまの さねかづら ひとにしられで くるよしもがな
季節
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現代意訳
「逢う」という名の逢坂山、「さ寝」という名のさねかずらが、その名に違わぬのであれば、逢坂山のさねかずらを手繰り寄せるように、あなたのもとにいく方法を知りたいものです。
※さねかずら / モクレン科のつる状の潅木で、秋に赤い実をつける。
出典
「後撰集」
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