素性法師

小倉百人一首 021

今来むと いひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな

いまこむと いひしばかりに ながつきの ありあけのつきを まちいでつるかな

素性法師

解説
 素性法師(そせいほうし/生没年不明)は僧正遍昭の子どもで、俗名を良岑玄利(よしみねのはるとし)といいます。
 清和天皇に仕え、左近将監になりましたが、父の勧めによって出家しました。
 京都の雲林院に住んでいましたが、寛平八年(896年) 宇多天皇の雲林院行幸のとき、権律師に任ぜられました。
 素性法師は藤原公任の選んだ三十六歌仙の一人として数えられている素晴らしい歌人ですが、書家としても優れていたと伝えられています。

 この和歌は恋の和歌で、せつない恋心がよく伝わってきますが、素性法師は、女性の立場になってこの歌を詠んでいます。
 「今来むと」とは「すぐに来る」という意味ですが、この頃は男性が女性の元へ通うのが普通でしたから、男性の立場なら「今行く」と詠まれるように思います。
 しかし、当時は女性の立場になって歌を詠むことも、和歌の遊びとして楽しまれていたようで、この歌も、そのような立場で詠まれています。

読み
 いまこむと いひしばかりに ながつきの ありあけのつきを まちいでつるかな


季節
 秋

現代意訳

 「今すぐに行きましょう」とあなたがおっしゃったので、(その言葉を信じて) 九月の長い夜を待っていましたが、とうとう有明の月が出る頃を迎えてしまいました。

 ※長月 / 陰暦の月名で、9月にあたる
 ※有明の月 / 夜更けに現れ、明け方まで高く昇っている月

出典
 
「古今集」